例えば「バッハ」とか「ショパン」とかいう名前を聞いて、「1750年に没したドイツの作曲家で」とか「ピアノの詩人と言われるポーランドの作曲家で」というのはパッと浮かぶかもしれないけれど、その人の好きな食べ物とか、決まった生活習慣とか、お気に入りの散歩道を知っていたり、それを景色として想像・想起できるだろうか。実在した(はず)のその人を、今あなたの側にいるあの人のように、情報ではなく血肉の在る人間として想像できるだろうか。「ショパン」「バッハ」という概念として捉えていないだろうか。そしてそうだとしたら、自分とどのくらい離れていたら人は概念になるんだろうか。  ちなみにショパンとバッハを例にしたことにはなんの意味もない。  そして私自身、この問題?疑問?に特に答えは出せていない。だって、あったことがある人物でさえ、概念というか、自分とは全く違う存在であるかのように考えてしまう時がまだあるから。  合唱関係の仕事をすることが増えて、存命の作曲家の曲を演奏することや新曲の誕生に立ち会う瞬間はピアノソロだけを突き詰めていた時期に比べて格段に増えた。作曲家その人に物理的に会うことが可能であり、むしろ稽古中に立ち会ってもらうことをひとつ当然といえば当然のように行える環境。演奏者にとっても作曲家にとっても有意義な機会であることは間違いない。聴いた後で作曲家が楽譜を修正したり、演奏の中で奏者の中に生じた疑問を作曲家に解説してもらったりという時間は、資料や楽譜には書き残せないものを含んでいることも疑いようのない事実だと感じている。
 2022年もたくさんの方に出会い、たくさんの物事を経験し、それこそ日々に喜怒哀楽が満遍なく在る年でした。楽しい嬉しいこともあれば悲しいこともある。何か一つだけに心が支配されることはさすがに無くなってきたけど、周りの人よりも少しだけ繊細な部分があると自覚して、たくさんの人に助けてもらってバランスを取りながらなんとか年末まで辿り着きました。毎年「激動の1年でした」と言っていますが、それが私が歩むと決めた行き方であり、道。なんの後悔もしていないし、この歳で音楽で食べていけるくらいのお仕事をいただけて本当に幸せです。支えてくださっている周囲のみなさまに感謝が尽きません。沢山のご縁にも恵まれまして本当にありがとうございました。深く御礼申し上げます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。  年越しは親友と一緒に過ごしました。大学の同期なので出会ったきっかけは音楽だけど、ただ1人のにんげんとして、音楽だけでなくそれ以上のものも、学生時代はもちろん社会人になってからも共有してくれる唯一無二の存在です。  2023年の抱負を考えたのですが、日々自分自身が目まぐるしく変わる私ですので、特に何も掲げずにいこうと思います。 改めまして、本年もよろしくお願いいたします。良き一年になりますように。
 Twitterでの会話から始まったこの企画。...
 小此木里佳さんとの「巡る」シリーズ第2回。前回復活祭の日にマタイ受難曲を演奏し、今回はアドヴェントのはじまりの日にメサイアを。  私個人は特定の宗教を信仰していないけれど、演者という己の中の人格で言うと、キリストにまつわるこの話へ没頭し尽くしたこの2度の経験は大変大きな糧になった。  ...
 ゲストピアニストとして呼んで頂いた中でも、1年以上一緒に稽古を重ねるのは初めての経験。「その時」にしかない音楽ってあるよなあと、練習に行くたびに実感していた。たとえば季節によってとか、その時の体調、人生の調子、影響を受けているものたちとか。前にブログに書いた気がするけど、レパートリーを持つことってとても大きな意味がある。長年音楽をやっている人ならきっと一度は経験があると思う、「過去の書き込みに翻弄される」こと。あれ、私はすごく好き。過去を知って今を知って未来を想像する…みたいな。  1年ってあっという間だけど、でも噛み締めるには充分。
 コロラトゥーラってなんなの?と聞かれたら「細かい音を高いところでコロコロ歌うんだよ〜」と答えている。まあまあ本質ではあると思ってるんだけど本当に無知識な状態でそう答えられても興味は持てないよなあ。宣伝というものがあまりにも下手。...
 歌の先生である佐藤拓さんが座長をつとめる常民一座ビッキンダーズの演奏会。元々聴衆として行く予定だったけれどお手伝いとしてリハから立ち会えることに。なんて幸運。  ...
 昨年initium ; auditorium企画で行われた「わからないフェス」で初めてお会いしたカニササレアヤコさん。「あの時の薄木さんのピアノに一聴き惚れして」と今回演奏のお声がけを頂いた時の私の高揚といったら。  実は北嶋愛季さんともわからないフェスでご挨拶したのがきっかけで共演しているので、わからないフェスは私の音楽人生にとってあまりに重要な日。...
 先日は大久保混声の本拠地であったコーラススタジオとのお別れでした。今後生きていて、私にも数十年付き合う場所や人が出来るのだろうか。全く想像がつかないけど、そういうのは目指すのではなく気が付いたらそうなっているものなのだろう。振り返った時道ができていることに気が付くその感動を、私はこれからの人生何回、いつどこで経験するんだろう。ちなみにまだ無い。近いものはあるけど、多分これよりももっと、時間を重ねないとどうしようもない、そうすることでしか見えないものがあるんだろうなと思っている。  今日が一番若い、は私にとって呪いです。  触れられる、物体として在るそこに年月を積み上げる事に憧れがある。ここでこんなことがあったな。あんなことを頑張ったな。ここであの人と出会ったな。ここであの人とお別れしたな。そういう、場所への何かというのがあまりない人生。  形に固執する訳ではないのだけれど。  だって、学校というそれなりの年数通った施設が存在するはずなのに何故か綺麗に忘れている、思い出せない時間がある。私という人間の性質上、形や場所にこだわったところで大したことにはならないのだろうと想像する。結局。いつだって隣の芝生は青くて隣の人が頼んだ定食は美味しそう。    今生きながら感じている達成感とか焦燥感なんていつだって移ろうし簡単に忘れる。気が付いたら日々は過ぎる。引っ越したら景色は忘れるし、学生時代あんなに苦しかった通学路も今はもうなんともないし、あんなに弾き込んだピアノの響きももう私のものじゃない。好きだったものを嫌いになり、いないと思っていた人が近くにいる。    師匠の言葉を借りるなれば「あなたも1日は24時間、わたしも1日は24時間」。そりゃあそう、を認識し直す。  誰の何を基準にして何を比較するか、そこに何を見出すかなんて究極誰にも計り知れないので、今わたしの中に蓄積しているこの思考だっていつか時間の中に消える自己満足。でもこうして書きながら、いいじゃん消えても、と思ったりもし始めている。矛盾と変化を愛せる器でありたい。  明日急に指がもげても耳が消え去っても、私はきっと音楽の前に立っていると思う。たぶんね。  前回のブログで書いた気がするけど、でも私はまだ「音楽」への向き合い方は定まってない。良くも悪くも、私の人生の全ての選択肢に関係してくることに疑いはないけど。    うだうだ悩んでいる時間をこうしてインターネットに流す、FBとかTwitterに書いた文の更に細かいものを、HPのブログという墓場に置く。自分の手で少しづつ、少しづつ作っていくお墓。私は身の回りのあらゆるものを「創作物」と捉え、「装飾できるもの」だと思っている。
 夜に考え事するのは良くないとか、マイナス思考になるのは暇だからだとかいうけど、忙しい時の昼間にも全然ダメな時はあるから人生の調子はそれぞれだし私24時間サイクルで生きてないから諸々の前提に当てはまらないことに気付いた。...

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