ゲストピアニストとして呼んで頂いた中でも、1年以上一緒に稽古を重ねるのは初めての経験。「その時」にしかない音楽ってあるよなあと、練習に行くたびに実感していた。たとえば季節によってとか、その時の体調、人生の調子、影響を受けているものたちとか。前にブログに書いた気がするけど、レパートリーを持つことってとても大きな意味がある。長年音楽をやっている人ならきっと一度は経験があると思う、「過去の書き込みに翻弄される」こと。あれ、私はすごく好き。過去を知って今を知って未来を想像する…みたいな。  1年ってあっという間だけど、でも噛み締めるには充分。
 コロラトゥーラってなんなの?と聞かれたら「細かい音を高いところでコロコロ歌うんだよ〜」と答えている。まあまあ本質ではあると思ってるんだけど本当に無知識な状態でそう答えられても興味は持てないよなあ。宣伝というものがあまりにも下手。...
 歌の先生である佐藤拓さんが座長をつとめる常民一座ビッキンダーズの演奏会。元々聴衆として行く予定だったけれどお手伝いとしてリハから立ち会えることに。なんて幸運。  ...
 昨年initium ; auditorium企画で行われた「わからないフェス」で初めてお会いしたカニササレアヤコさん。「あの時の薄木さんのピアノに一聴き惚れして」と今回演奏のお声がけを頂いた時の私の高揚といったら。  実は北嶋愛季さんともわからないフェスでご挨拶したのがきっかけで共演しているので、わからないフェスは私の音楽人生にとってあまりに重要な日。...
 先日は大久保混声の本拠地であったコーラススタジオとのお別れでした。今後生きていて、私にも数十年付き合う場所や人が出来るのだろうか。全く想像がつかないけど、そういうのは目指すのではなく気が付いたらそうなっているものなのだろう。振り返った時道ができていることに気が付くその感動を、私はこれからの人生何回、いつどこで経験するんだろう。ちなみにまだ無い。近いものはあるけど、多分これよりももっと、時間を重ねないとどうしようもない、そうすることでしか見えないものがあるんだろうなと思っている。  今日が一番若い、は私にとって呪いです。  触れられる、物体として在るそこに年月を積み上げる事に憧れがある。ここでこんなことがあったな。あんなことを頑張ったな。ここであの人と出会ったな。ここであの人とお別れしたな。そういう、場所への何かというのがあまりない人生。  形に固執する訳ではないのだけれど。  だって、学校というそれなりの年数通った施設が存在するはずなのに何故か綺麗に忘れている、思い出せない時間がある。私という人間の性質上、形や場所にこだわったところで大したことにはならないのだろうと想像する。結局。いつだって隣の芝生は青くて隣の人が頼んだ定食は美味しそう。    今生きながら感じている達成感とか焦燥感なんていつだって移ろうし簡単に忘れる。気が付いたら日々は過ぎる。引っ越したら景色は忘れるし、学生時代あんなに苦しかった通学路も今はもうなんともないし、あんなに弾き込んだピアノの響きももう私のものじゃない。好きだったものを嫌いになり、いないと思っていた人が近くにいる。    師匠の言葉を借りるなれば「あなたも1日は24時間、わたしも1日は24時間」。そりゃあそう、を認識し直す。  誰の何を基準にして何を比較するか、そこに何を見出すかなんて究極誰にも計り知れないので、今わたしの中に蓄積しているこの思考だっていつか時間の中に消える自己満足。でもこうして書きながら、いいじゃん消えても、と思ったりもし始めている。矛盾と変化を愛せる器でありたい。  明日急に指がもげても耳が消え去っても、私はきっと音楽の前に立っていると思う。たぶんね。  前回のブログで書いた気がするけど、でも私はまだ「音楽」への向き合い方は定まってない。良くも悪くも、私の人生の全ての選択肢に関係してくることに疑いはないけど。    うだうだ悩んでいる時間をこうしてインターネットに流す、FBとかTwitterに書いた文の更に細かいものを、HPのブログという墓場に置く。自分の手で少しづつ、少しづつ作っていくお墓。私は身の回りのあらゆるものを「創作物」と捉え、「装飾できるもの」だと思っている。
 夜に考え事するのは良くないとか、マイナス思考になるのは暇だからだとかいうけど、忙しい時の昼間にも全然ダメな時はあるから人生の調子はそれぞれだし私24時間サイクルで生きてないから諸々の前提に当てはまらないことに気付いた。...
 自己紹介の時「第○回JCAユース参加者です」とか「○○合唱団所属で」とかそう名乗れる何かがなくて、「谷さんのファンです」とだけ言って端のほうでコソコソしていた私がTICCに出て単独演奏会でピアノを弾いてSing in企画で弾いているなんて、人生何が起こるかわからない。  Sing...
 変わっていくことが必ずしもマイナスではなく、しかしプラスであるとも限らないということを理解するのに生まれてから20年以上かかりました。  綴りたいことを自由に綴るには責任が伴うのだということを、日々改めて感じています。  
 2022年の東京都合唱祭は医科歯科大学コーラス部と山北混声合唱団の2団体で出場しました。東京都合唱連盟の皆様、本当にありがとうございました。そして出演のみなさま、(自団体への賛辞を含めて)おめでとうございます!...
 私が合唱の現場でお仕事を頂くようになったのは大学2年生の時。当時は合唱といえば義務教育でやる範囲のことくらいしか知らず。所謂’合唱界隈’(あんまりこの言い方好きじゃないですが、あえて)のことは今の無知さと比べてもあまりにも、だったので、片っ端から合唱の演奏会に行ってはそのプログラムに挟まっていたチラシの演奏会に行って…を繰り返していました。「よく分からないけど、そのよく分からない対象が生きている現場にとにかく行こう」という猪突猛進さ。今もそのフッ軽さは健在なのですが、あの頃はまあやや異常だったかも。そのお陰で今がある訳ですが。  高校の音楽科、音大と進学してきたので、今活躍しているプロの音楽家は当然そういう専門機関で勉強した人たちだけだろうと思っていました。当時の自分の「プロ」の定義も恐ろしく曖昧ではあったのだけれど、東京に来て一番衝撃的だったのは、合唱活動というそれに関係するその人数とその人たちから感じる気迫、情熱、技術の高さ。芸劇で聴いた全日本の全国大会なんて、私はなんてところに来てしまったんだと軽い絶望すら覚えたものです。  音大なんて行って馬鹿みたいと思った時期もあったくらい。今はそんな事は思っていませんけど!!  あの特殊すぎる環境に身を置いて研鑽を積んだ者にしか分からない感覚とか、そういうものはある。  私にとって舞台というのは「あって当たり前」のものでした。というか、舞台が無い生活がある可能性なんて考えたことがなかった。でも、そうじゃない。  その「当たり前」を続けたい・広げたい。それがわいやいの始まりです。

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